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立石信雄(オムロン)の経歴や学歴を調査!家族・家系図がヤバイ?!

立石信雄(オムロン)の経歴や学歴を調査!家族・家系図がヤバイ?!

「オムロン」というと体温計や血圧計などの電子機器で有名な会社ですよね!

その創業者一族である立石信雄元会長の訃報の知らせが入りましたね…。

オムロンという会社名は有名で目にした事や聞いたことはあると思います。

そこで今回の記事ではオムロン元会長の立石信雄さんについてまとめていきたいと思います!

【立石信雄(オムロン)の経歴や学歴を調査!家族・家系図がヤバイ?!】としてお伝えしていきます。

  • 立石信雄(オムロン)の経歴について
  • 立石信雄(オムロン)の学歴について
  • 立石信雄(オムロン)の家族・家系図について

では見ていきましょう♪

立石信雄(オムロン)の経歴や学歴を調査!

コロナ禍の今、体温計などの電子医療機器が必需品になっていますよね!

「オムロン」というと有名な電子機器企業でご存知の方も多いです。

そのオムロン元会長の立石信雄さんの経歴や学歴について見ていきたいと思います。

立石信雄(オムロン)の経歴

  • 1936年:大阪府出身
    ※立石電機(現オムロン)創業者の次男として生まれる
  • 小学生時代:第二次世界大戦を経験
  • 1945年:大阪大空襲により京都に転居
  • 大学卒業後:立石電機販売へ入社
  • 1961年:コロンビア大学へ留学
  • 1962年:帰国後は貿易課長に昇進、以降25年間国際関係を担当
  • 1963年:結婚
  • 1965年:立石電機本体が吸収合併
  • 1972年:シンガポールに初の海外生産拠点工場を設立
  • 1973年:アメリカに販売子会社を設立
  • 1976年:常務に就任
  • 1979年:専務に就任
  • 1985年:副社長に就任
  • 1987年:副会長に就任
  • 1995年:オムロン会長職に就任
  • 2003年:会長職を退任

 

立石信雄(オムロン)の学歴

同志社大学

オムロン元会長の立石信雄さんの最終学歴は「同志社大学」でした。

1955年に同志社大学文学部英文科を卒業されています。

ちなみに立石信雄さんは中学校から同志社大学の系列校に通われていたことが分かっています。

中学時代から「英語」への関心が強かったそうで、同志社中学校に編入されていました。

【アクセス】
住所:〒602-8580 京都府京都市上京区

立石信雄(オムロン)の家族・家系図がヤバイ?!

【家系図】

  • 父親:立石一真(立石電機創業者)
  • 母親:立石元子
  • 長女:啓子
  • 長男:孝雄
  • 次男:信雄
  • 三男:義雄
  • 次女:順子
  • 四男:忠雄
  • 五男:文雄

立石信雄元会長の家族は、両親に7人兄弟の9人家族。

長女の啓子さんは京都「宝酒造」四方誠一さんと結婚されていて、次女の順子さんはオムロン副社長の増田英樹さんと結婚。

父親の後、オムロン2代目会長は長男の孝雄さんが務めていましたが1995年に他界された際に、次男の信雄さんが就任し2003年まで務めました。

4代目会長は現在、三男である立石義雄さんが就任しています!

また、2代目会長の長男・立石孝雄さんが結婚した妻(嫁)は「日本製紙」の娘・峯子さんでした。

お二人の間に子供は2人いて、娘・真澄さんは「鹿島建設」の息子・石川洋さんと結婚、息子・真太郎さんは「竹中電子」の娘・万貴さんと結婚。

3代目会長の次男・信雄さんが結婚した妻(嫁)は「住友原子力」の娘・黎子さん。

そして現在の4代目会長・義雄さんの息子は「サンモリッツ」の娘・真澄さんと結婚されています。

オムロンの家族・家系図を見ると、さまざまな分野で有名な日本の企業がたくさん出てきます!

家族・家系図がヤバイというのは納得でしたね^^

まとめ

以上【立石信雄(オムロン)の経歴や学歴を調査!家族・家系図がヤバイ?!】としてお伝えしてきました。

2代目会長を兄から引き継ぎご活躍された立石信雄元会長の急逝の知らせ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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